40代以上の人には20代が「かわいそうな世代」と見えても不思議はない

一番の関心事は貯金 20代は「かわいそうな世代」なのか

「酒を飲まない。車を買わない。休日は「家にいる」。一番の関心事は貯金」
今時の20代って、こんな私のような週末ヒッキー生活をしてるんかい。という点でびっくりしたんだが、こういう生き方を擁護・賞賛する系のブクマコメやTBが多かったのに更に驚いた。
時代は変わったんだなあ、としみじみ実感。
個人的には、「なんかありがたい世の中になったらしい。こんな私がマジョリティになる時代がくるなんてなあ」と喜びたいとこだが、単に低賃金とか格差とかなどなどの諸問題の影響なのだろうと思うと、素直に喜べないというかなんというか…。


ただ、この記事を書いた人も読者(おそらく20代の方?)も、ちょっと誤解があるかもなあ、と思ったので、そのへんをちょっと書いてみようかと。


金を使うことが自己投資と思うかどうか、「酒飲まず/車なし/休日は家にいる」という生活をかわいそうと思うかどうかは、自分が20代だった頃にPC及びインターネット、ケータイとビデオ・DVDなどの録画機器が普及していたかいなかったか、で全然変わると思われる。


PCが個人レベルにまで普及したのはたしか90年代半ばごろで、バブル崩壊後だ。
PCもインターネット(というか当時はパソコン通信か?)も、それまでは理系のごくオタクな人くらいしか利用していない。価格もべらぼうに高かった。
コンパックが激安なPCを発表したのと、Windows95が登場したのとで、やっと一般人でも手に入れやすい&使いやすい状況になってきた、と記憶している。
そのちょっと前に、安めのMac本体+モニタ+安いプリンター(カラーではなくモノクロのインクジェット)+ビジネスソフト1本+ローンの利息で60万円を超えたことをよく覚えている。ちなみにメモリは8Mで、FDのみ。CDはまだ世の中に登場していなかったかな。
さらに、プロユースのマックだったら本体だけで100万くらいした、たしか。


余談はさておき。
携帯電話を個人で持つようになったのもそれと同じくらいの時期だったか、ちょっと後だったか。
その前に、ポケベルで数字や短いメッセージが送れるって時代が数年あったかな。
ついでにまた余談ですが、たしか「マルサの女」という映画に、業務用としか言いようのないショルダーバッグみたいな携帯電話が登場してます。その時代を知らない人には興味深いかも。


ビデオ機器はもう少し前から普及していたとは思うが、レンタルビデオ屋が登場し始めたのは何時ごろだったか、ちょっと思い出せない。
ネット通販やネットオークションも、もちろんない。カタログ通販ならあったが。


まあこんなふうに、インターネットで動画を見ることもできない、ケータイもない、メールもない、レンタルビデオ屋も再生機器もない、流行のものを知る手段は雑誌とTVだけ、という時代に青春時代(笑)を送った方は、面白いものを見たり聞いたりするため・楽しい思いをするためには自分が外に出ていくしかなかっただろうと推察される。


特に映画なんか、上映期間を逃したら一生見逃すはめになりかねない!と思っていたかも。
何か買いたいものがあったら、自分が店に行って品定めし、購入するのが一般的。
価格.comもないから、安く買おうと思ったらあちこちの店を自分の足でまわり、価格比較をするしかない。
いい品や流行の品などの情報を得るにしても、ポータルサイト掲示板もコミュもQ&Aサイトもないから、雑誌やクチコミ情報に頼るしかない。
雑誌の情報は誰にでも入手できるが、クチコミ情報はそうはいかない。
そのため、より大勢&良質(情報源として)の友達がいる=大きなクチコミネットワークを持っている人が社会的に(業種によっては仕事面でも)高く評価される。

大勢の友達を維持する&新規獲得するためには、定期的に飲み屋だの話題のスポットなどに出向いて親睦を深めたり、パーティーに出たりして知人から新しい人を紹介してもらったりしなくてはならない。
こんなふうに外に出るとなると交通費だの飲食代だの洋服代だのが当然かかる。
自由にあちこち行きたいと思うと「車があったほうが便利じゃない?」という発想に行き着くのも当然。


金を使うこと・外に出て人と会うことが、その時期の流行や各種情報・常識を身につけ、人脈を築くための手段、自分の中に情報を蓄積し感性を磨く手段であり、職種によっては顧客ニーズを把握するための重要な活動であった、それを「自己投資」という言葉で表現していたのだろうと思われる。ネット普及以前は。


ついでに、ネット普及以前と以後は、ちょうど終身雇用と年功序列が崩壊する前か後か、派遣労働が普及する前か後か、というのとも時期がだいたい一致していたと思う。


今では信じられない話だが、昔は新卒で入社した会社に定年までいるのが社会的にごく当たり前のことで、よほどのことがない限りやめさせられない&やめなかった、と記憶している。
解雇ではなく自発的な退職・転職であっても、何かやらかして解雇されたんじゃないかと疑われ、再就職にものすごく不利だったよな、確か。派遣労働もあまり一般的ではなかったはず。
そんな状況かつ年功序列な状況下で出世しよう、やめさせられないよう&飛ばされないようにしよう、とするならば、上司の飲みの誘い・ゴルフの誘いは絶対に断れないでしょうし、同僚とも出来るだけ仲良くしておくのが吉。
対上司・対同僚のコミュニケーションをうまく取れるかどうか、社内の裏情報の入手や根回しが上手くできるかどうかが、一生を左右しかねない最重要課題だったと思われる。
そしてそのためのミッションが麻雀だったりゴルフだったり酒だったりなどの社外活動で、それをクリアするのに必要なのが、話題の豊富さやコミュニケーション能力だったんでしょう。


このような状況でもなお“休日は家にいる”という余暇の過ごし方をしている(=非コミュ・情報収集不足な)人は、人付き合いが超苦手な人とか、遊興費は1円たりとも使いたくないという面白みのないドケチな人とか、本やマンガや虫や模型が好きなオタクな人、という見られ方をされてもおかしくはない。
つまり、社会の空気が読めてないかわいそうな人 or 一般的とは言いがたい人、てとこですかね。
ていうか、そういう時代の“休日は家にいる”20代独身は非モテ要因持ち&出世の見込みナシ組(=かわいそうな人)、と見られたかもしれませんな。


だけど現在では、知りたいことがあればネットで検索できる。自力でクチコミネットワークを構築する必要性が薄れた。
話題のものなどは画像や動画で視覚的に確認できる。ゲームもネット対戦が可能。
家にいてもケータイメールですぐに友人らとコミュニケーションが取れる。いちいち会ったり電話で話したりしなくても、メールだけで充分って人も多いかも。
映画なども、映画館までわざわざ出かけなくても問題なし。大抵のものはいずれ地上波やBS、CSなどで放映するし、モノによってはネットでも観られるし、レンタル屋でDVDを借りるという手もあるし。
わざわざ出かける&金を使う必要性もかなり薄れた。

そして終身雇用が昔話となったので、上司・同僚と良好な関係を維持することの重要度も低下。
さらに周囲にはたくさんニートがいる。年金もやばそう。
となると「近い将来どんな状況に陥っても、しばらくは食っていけるくらいの蓄えを持っておく」というリスクヘッジが最重要課題となる。
実に当たり前のことだ。


上記の記事中で「自己投資しろ」ってなコメントをしているジャーナリストで経営コンサルタント中島孝志氏が、現在おいくつなのかは分からんのだが。サイトを見にいったらご自身のことを不良オヤジと称しているようなので、たぶん結構いいトシなんだろう。バブル崩壊前に20代を過ごした方でしょうか。
普段の生活ではIT化にしっかり対応していても、新人教育などの話題になると、つい“自分が20代だった頃の経験・価値観・感覚”などなどが蘇り、その当時に通用した手法を若者に伝授したくなってしまうのはよくあること。
95年あたりで急激な社会情勢の変化があったために、それより前の時代の経験則・手法・価値観が現状にはそぐわない面があること、場合によってはただのトンデモとしか見られなくなっていることを、つい忘れてしまう。もしくは気付いていない。といったとこでしょうか。
中島氏もそういうノリで語ってしまったのでしょうかね。


しかし一方で、今の20代の人々がもし「貯金のみに専念している」って状況だとしたら、ちょっと危ういかなあと私も思う。
前述の「60万超でPCを買った」頃、私は従業員数5人の超零細編プロで働いていました。
編集の分野でもPC対応が進む中、勤め先の会社は零細すぎてPCも導入できなかったので、自分で買って学習することにしたわけだ。
その会社に就職する前は派遣やフリーターをやっていたんだが、月収ベースでは派遣以下・フリーターよりちょいマシ、て状況。年収では200万以下だったかな。
我ながら、とんでもなく無謀な買い物だったと思う。当然ながらその後、かなり貧乏な暮らしをする羽目になりました。よく1人暮らしを続けられたもんだ。

しかし、その時に無理をして自力で、社会の流れより一足速くPC及びソフトのスキルを取得したことが、その後の転職&就業にものすごく役に立った。
おかげさまで今もなんとか食っていけてます。
使うべき状況で使うべき対象にガツンと金をかけるというのも、時には必要かと思う。それに若い時のほうが物覚えがいいしねぇ(遠い目)。
かといって、今時はスキルアップしても資格をとっても、それが収入に反映されにくい状況だという気もするし。
自己投資しても報われないって世の中じゃ、貯金してたほうがマシですかねえ…。どうなんだろう。


あと、今後転職するかもしれない状況なら、人脈づくりもとても重要。
30代後半くらいから求人が激減する・募集してても30代後半だと採用されづらくなる理由の一つがそれで。
単に安く使える上に仕込みやすい若い人が欲しいから30代を避ける、という理由だけでなく、「社会人歴が10年以上もあるのに自分の人脈で転職先を見つけられない人=能力がないから他社から誘われない人=戦力にならない人」とみなす風潮がその背景にあるもようです。
まあ、前述のIT化以前に20代を過ごした人脈・クチコミ・根回し至上主義者ならではの発想、とも言えますかね。
そういう考え方が正しいかどうかはともかく、採用・不採用の決定権者にそういう世代の人が多いかもしれない、そういう意識を持っている可能性が高いかも、ということは頭に入れておいたほうがよろしいかと思います。
なので、何が何でも飲み会に参加しろとは言わないが、質素倹約が過ぎて非コミュな人になってしまわないようには注意したほうがいいでしょうな。

と、もうじき40のおばさんは思う次第ですよ>20代のみなさん
ちょこっとでも参考になったなら幸いです。

あと、昔から「酒を飲まない。車を買わない。休日は「家にいる」」という生活を昔から貫いている40代からそれ以上の皆さん。
非モテとか出世の見込みがないとか、かわいそうな人とかと称してしまってすみません。末尾ながらお詫び申し上げます&私もそれに該当する人種です。自虐ネタということで大目に見ていただけると助かります…。

ついでなんで。

同様の件で、興味深いと感じたページを掲載しておきます。

時代遅れの改正教育基本法【後編】
〜バブル期の思考が未来の日本を損なう


「バラバラな個人」か、それとも「愛国心や道徳」か、という二分法的な議論の仕方がそもそも間違いだ、と思うんですよ。「バラバラな個人」に対置されるべきものが、「愛国心や道徳」だ、というのが短絡だと思うんです。


まったくだ。一元的な価値や道徳的基準を持ち、ただ1種類の「正しさ」しか認めない宗教団体の人や、その団体にかかわりのある人、現人神を信奉している人とかに教育を語らせると、そういうことになるんじゃないのかなーと思った。

安倍総理と新興宗教団体「統一教会」との深い関係

安倍総理の祖父・岸信介は、『統一教会』本部と隣り合わせに住んでいた。そして、『統一教会』系の政治団体国際勝共連合』の設立そのものに関わっている。

自民党』は岸信介の時代から、笹川良一ロッキード事件の児玉らと共にアメリカ〜欧州の軍産複合体と非常に深い関わりを持ち、戦後を通して『統一協会』の資金で活動してきた。
統一協会』は古くから共和党の最大級の資金源でもあり、『統一協会』の大祭には必ずブッシュ親子からの祝電が届く。


だそうで。同様の指摘は、他でもけっこう見かけました。

ハリーに揺れる米キリスト教原理主義
ハリー・ポッターへの反発が映す米国政治の構図


統一教会キリスト教原理主義、ただしバチカンからはカルト視されているらしい。
が、法王が代わったからな。見解も変わったりして。
それにしても、ただの児童書にここまでむきになるのもどうよ、という気がしますが…。

反フェミニズム


統一教会も「オニババ化する女たち」の著者、三砂ちづるさんも、反フェミニズムに分類されていた、んだが。
こないだ見たときと比べると、ずいぶん内容が変わった&減った。たぶん、中立的ではない観点に基づく疑問が提出されたんじゃないかと思われる。


オニババで思い出したが、

統一協会 ボディコントロールの恐怖―「新純潔教育」の正体


アマゾンに載ってたこの本の商品説明は、これ。

内容(「BOOK」データベースより)
「ボディコントロール」は実は「セックスコントロール」。統一協会の「新純潔教育」の正体を暴く。

内容(「MARC」データベースより)
現代の性教育の絶対条件は、科学的であること、そして人間の尊厳と自由を大切にすることである。この基準に照らして統一協会の「新純潔教育」がどんなにひどいものであるかを理論と実践の両面で明らかにする。


未読のため、ボディコントロールが一体何なのかしりませんが。
どうやら反フェミな人々は、身体性を重視するという共通点があるらしい、と推察。
一時期、オニババ本以外にもなんだか身体性を重視しましょう系な本が出まくってたような記憶があるが、もしかして反フェミさんによる仕手ブームだったのかな、という気がしてきた。

巨大聖地を完成させた統一教会王国

冬のソナタ」のロケ地にもなったスキー場「龍平リゾート(通称“ドラゴンバレー”)」も統一教会の所有地で、2003年に統一教会系の世界日報社が買収。まさに日本で韓流ブームが起きる直前である。このリゾートでチェ・ジウの“合同ツアー”が行われたり、“第二の冬ソナブーム”を狙ったドラマ「悲しき恋歌」の撮影にも利用された。


正直、ほんとに韓流ブームがあったのかどうか疑問に思う今日この頃。韓流も仕手ブームだったのかな。
韓流がブームだとニュースなどで騒がれていた頃、冬ソナが大好きって人どころか冬ソナを観ていた人すら、私の周りにはいなかった。私も当時は見てなかった。民放での再放送は一応観てみたが。
そういえば、アッキーは韓流ドラマが大好きだとか。


このほか、ID論関係。

米連邦地裁「公立校での知的計画(ID)説教育は違憲」

キリスト教根本主義による自然史博物館が開館
ttp://wiredvision.jp/blog/fromwiredblogs/200705/20070530132549.php


このほか、URLを控えていたはずなんだが見つけるのが面倒くさくて断念しましたが。
日本でID論な研究をしている人は、たいてい統一教会系の研究者団体に所属している人だ、という指摘をしているページがあったと記憶している。見つけ出せたら追記します。

日本でも学習指導要領の変更により中学の理科教科書から進化に関するものが消えた、とかいう指摘を見かけたんだが、ほんとかどうかは不明。


他にも色々知りたい方は、各自ググって各自の自己責任で情報を取捨択一してくださいませ。


それにしてもなんかこう、宗教右派的ものの考え方が知らず知らずのうちに、ゆで蛙的に国内に浸透していきそうで、ちょっと不安ですよ。

信仰は自由。だが、画一的な考え方の集団、多様性をなくしてしまった集団っていうのは、もろいんですよね。
誰も彼もが同じ考え方をしていると、何か問題が発生したときにみんなで仲良く頭を抱えてしまって打開策が見出せなくなるとか、重要な局面でみんな揃ってミステイクしてしまうとか。
故に、集団内に多様な個体が存在する、というのも自然の摂理だと思うんだがな。
なんで「個性」を奇習と捉えてしまうんだろう。
と、以上は独り言なので、宗教談義なコメントはご遠慮ください。

「民主党を信じますか?」と言われても。


自由民主党本部が作成したらしい「政策パンフレット」なるものがポストに入っていたのだが、あまりに興味深い内容でびっくりした。

表紙に書かれているのは『それでもあなたは民主党を信じますか? 改革実行力自民党』という文言で、以下、6ページにわたり民主党を批判している。自民党いわく、民主党自治労日教組の言いなり政党だそうで。

で、最後のページ(裏表紙)には

●年金改革は社保庁改革だ!
社保庁改革は第二の国鉄改革だ!
自民党は責任政党として、できることしか言いません。言ったことは必ず実行します。

成長を実感に!


と書かれていたんですが。ここを読んで。

言ったことは必ず実行するというのなら、なんで恒久的な減税だというふれこみで導入されたはずの定率減税が10年も経たずに廃止されたんだろう、与党感覚では7年8年でも“恒久的”なのか? とか。

「成長を実感に!」と言ったということは、一般市民レベルでは好景気とやらの実感がほとんどないことを認めているのか? もしそうならば、なんでそうと知ってて定率減税を廃止したのかな、とか。

「できることしか言いません」じゃなくて「具体性に欠ける、あいまいなことしか言っていません」じゃないのかなー(例:美しい国づくり)とか。

ちょっと思いました。


あと、別に日教組自治労をかばうわけじゃないんですが。
3ページ目の

あなたのお子さんを日教組の先生に任せられますか?

日本嫌いの日本人をつくり続ける日教組
「いじめ調査」を妨害する日教組
非組合員を陰湿にいじめ、
まじめな校長先生を
自殺においやる日教組
日教組出身の参議院議員
5人もいる民主党
それでもあなたは
民主党を信じますか?

という内容に、軽く何じゃこりゃな印象を受けた。
たぶん、国旗掲揚がらみの件で自殺した校長のことを言っているのかなーと推察したんだが。

その昔、現役校長から聞いた話。
卒業式や入学式で国旗掲揚・国歌斉唱をきっちり行わないと、夏に教育委員会に呼び出され、なぜ掲揚しなかったか・斉唱させなかったかをそりゃねちねちと何時間も問い続けられるのだそうで。
私がその話を聞いたのは、その校長が教育委員会に呼び出された数日後のことだったんだが、その時の校長いわく、あれは拷問に等しい、たとえ日教組系教師に何を言われようとも来年は国旗掲揚・国歌斉唱を敢行する、もう一度(教育委員会で)あんな目に遭うのはごめんだ、と、非常に憔悴しきった顔でおっしゃっておられました。

こういう話を聞いてしまうと、日の丸問題に悩んだ末に校長が自殺した、系のニュースを見ても、教育委員会パワーハラスメントが原因じゃないか? としか考えられないですな。
ていうか、美しい国って恐怖政治を行う国なのか? とか思ってしまう。
それがどこでどう「日教組が校長を自殺に追いやる」という、全面的に日教組のせいみたいな主張に変質してしまうのか、正直わけがわからん。
それとも、別の話かな。
国旗掲揚に関係のないことで、日教組にいじめられて自殺した校長でもいたんだろうか。


ついでだが、別の教師から聞いた話。
某県の教育委員会は、思想・信条的に生徒に悪影響を与える恐れがある教員(=日教組系)を、積極的に盲・ろう・養護学校に異動させるらしい。
このことを教えてくれた教師は、障害児教育にとても熱心な方でしたので。こういう理由で日教組系が送り込まれてくることについて「教育委員会は障害児教育をなんだと思っているんだ!」と非常に憤慨しておられました。
これも、ずいぶん昔に聞いた話なので、現在もそうなのかどうかは知りません。


が、2年くらい前だったかに、負け犬女を罵倒しているとしか思えない人々の素性を探っていくうちに、某宗教団体について色々と検索するはめになったわけですが、その際に、

私たちは、埼玉県教育委員への「新しい歴史教科書をつくる会」元副会長高橋史朗氏を任命する人事案に反対します

高橋史朗氏を教育委員に選任することに抗議し、強く撤回を求めます

『教育基本法改悪をゆるさない12・12埼玉のつどい』実行委員会有志のアピール


高橋史朗氏が埼玉県教育委員に就任することに反対しているこれらの声明文を見つけたわけですが、呼びかけ人の大半が盲・ろう・養護学校勤務の教員。日教組系の人々でしょうかね。

で、これらの声明によると、高橋史朗氏は男女共同参画反対派で、統一教会(世界基督教心霊統一協会)で「集団結婚」(いわゆる合同結婚式でしょうな)を斡旋していたといわれている人物、だそうです。


おまけ。

日本の右傾化もブッシュ一味・統一協会の策略


統一教会は教義上、資本主義が是で共産主義は否、男性が主で女性が従と説いているらしいので、ジェンダーフリー男女共同参画推進派、共産主義者日教組と超敵対関係にあるらしい。他にも色々と日本の超保守な議員さんと意見が合う点があるもよう。

ていうか、統一教会について調べていくと必ずといっていいほど「つくる会」や「男女共同参画」ネタ経由で自民党話にたどり着くって感じですし。安倍氏も祝電送ってるし(なお、民主党の中にも、祝電を送っていた議員だったか、出席していた議員だかがいたと記憶しているが)。他にも色々、自民系議員さんと統一教会信者さんとおぼしきブロガーの主張に共通点を感じてしまったり。公明と組んで与党やってるしで。
はたしてミンスのこと批判できる状態なんだろうか?
ていうか、ミンスを信じるとこんな恐ろしい目に遭うぞ的な脅しで票を集めようとしているもようだが、それって、カルトが信者獲得の際に恐怖心を煽るようなことを言うってのと同じやり口じゃないか?
と感じてしまいました。


以上は個人的な余談系感想文で、本題の感想は以下。

一番最後に「政策パンフレット」と括弧書きで書かれているわりには、自民党が具体的にどんな政策を行っていくつもりなのかがまるで分からない内容だったんですが。
自分からは何も提案しないくせに他人のプランの批判だけは熱心にする奴って、私、嫌いなんですよね。
正直いって、野党と同レベルに堕ちてしまったか自民党、と感じた。
だいいち、こんなネットでいくらでも拾えるようなネタ、別にわざわざポスティングしてくれなくても…。


なお、くどいようだが。
別に自治労日教組の肩を持つわけではありません。


ていうかさ。
日教組も国も、児童・生徒に「これが正しい」と一方的に教え込むだけの教育をしたがっているらしい、という点で似た者同士だと思っている。極右と極左はやることが一緒だな。


そのおかげさまなのか、何でもかんでも手取り足取り教えてあげるか、完璧なマニュアルをこさえてあげないと仕事ができない社会人が増えて困ってますよ。
自分で考え、判断し、自発的に仕事をすることができなくなった人が、年々増えてきていると感じる。
ゆとり教育の弊害ではなく、受験重視の勉強の弊害だと今までは思っていたが、それだけでもないかもな。
右も左も均等に教えた上で、自分で情報を分析し、自分で考えたうえで選択する、ということを教育してほしいもんです。


日本が国民に愛されるに足る国なら、わざわざ愛国心を教えるまでもなく愛国心がわくだろう。
今の日本が反日だらけだとしたら、日本がそもそもダメな国か、一部の特殊な考え方をする人々の煽動にまんまとのせられるような思考力のない国民ばかりを生産するような教育の仕方だからか、のどっちかじゃねえの? という気がしてなりません。

恋愛資本主義におけるデフレ要求?

これに追記。書き忘れたが、こうも思ったんだよな。


百貨店に入っている超有名どころのブランドの売り場に行って、「こんなに高価な商品、自分の収入ではとても手が出せない! そもそも労働者の3人に1人が非正規雇用で、格差がどうとか言われているこの世の中で、こんな価格の商品を売ろうとするほうがおかしい! 値下げしろ!」て言い出す客がいたらさ。

誰もがこう思わないだろうか?


可処分所得を増やしてから、お越しください。というより、最初からスーパーなり百均なりに行けば?」


なお、これは女性のみを商品にたとえているわけではなく。お客が女性の場合でも当てはまる話、と思いつつ書いています。


恋愛“資本主義”と称している以上は。
価値あるものを手に入れようとする場合、それなりの対価が要求されるのは当然だろう。
価値がないものに不当に高い価格を設定しても、売れるわけがないだろう。
価値があって相応の価格がついている品でも、生活必需品でない場合は、買う人はそうそういないだろう。その商品が好きで好きでどうしても欲しくてたまらない、レンタルは嫌だ、買取じゃないと、という人でもなければ。
と解釈するべきかね。


我ながら、嫌な発想だなと思う。
人を物扱いするのは好かん。不愉快だぞ自分。
と思いつつ、一応アップしてみる。

恋愛資本主義におけるレミング


ついでなんで、もう一つ釣られてみる。


新世紀エヴァンゲリオンでたとえるなら。
女ならまず10人中10人が推薦するであろう「理想的な嫁さん」は、洞木ヒカリではないかと思う。
綾波もけっこういい感じ。


しかし、何故か男たちは群れをなして惣流・アスカ・ラングレーという超危険地帯に突進するという自虐的な選択をする。
その結果、こうなる。

女性の心ない言葉の暴力に殺された男たち[鬱文書注意]


こんな女を選んだ自分が何より悪いと思うよ。そう思わないかい? 碇シンジくん。


補足。
レミング集団自殺は都市伝説だそうです。と、今日知った。へー。

考えていたのはこんなこと。

どうぞ遠慮なく、浅慮というコメントをつけてください(自嘲


左寄りな教育を推進しているらしい(ほんとかどうか知らんが)日教組系教師をバッシングするような動きが起きているようで、安倍首相や山谷えり子さんが教育再生とか言っているのもその活動の一環ではないかと思われるが。
私はその昔、諸事情あって障がい児教育の現場近くにいたことがある。
そこで日教組系と思われる教師を何人も見かけている。重度の障がい児の教育方法や介助の仕方、親のサポートなどなど、とても熱心に研究・対応なさっている方々が多くいらっしゃいましたよ。政治的なことについて話をしたことはないので、そのへんはどういう考えの持ち主かは知らないけれど、人として立派な心ばえのひとが多いなあという印象を受けました。例外もいらっしゃったが。


そういえば、未婚者の増加やモンスターな親(=私の同世代)の話題が出ると、必ずと言っていいほど「個性を伸ばし自由を尊重する戦後の教育、団塊世代の教育が問題だった」みたいな指摘をする人が現れるんだが、肌感覚ではその指摘、ぜんぜん納得できない。


私が中学生だった頃は、上の世代の一部の生徒が校内暴力で散々暴れまわってくれた反動で、教師による締め付けがものすごく厳しくなっていた。
管理教育というやつですね。
なんじゃこりゃ、と言いたくなるような妙な校則が全国各地で続々と作られたのも、この頃じゃなかったかと記憶している。


偏差値重視・受験のためのお勉強がメインで5教科以外はおまけ扱い、そして内申書を武器に教師が絶対君主となり生徒たちを支配していた、てかんじ。団塊世代教師って、この当時まさに中堅どころの教師として教鞭をとっていたんじゃないだろうか。


その後増えたのが「いじめ」。校内暴力の時代には教師に向けられていた攻撃性が、管理教育のおかげさまで同じクラスの弱い立場の子に向けられるようになったんじゃないかと思う。
高校ではどうだったかというと、「高校の3年間は大学受験のためにあるんだ、この高校に合格したからといって気を抜くな」と入学早々に言われたな。教頭先生に。


やはり、どう考えても「自由を尊重し、個性を伸ばすような教育」なんて、していただいた経験がございませんな。


余談だが、管理教育がもっともひどかったのは愛知県だ、という指摘を、昔、教育関係の書籍で見た覚えがある。
愛知県豊田市は、トヨタ自動車の本社があるところ。ちなみに、豊田市にあるから「トヨタ自動車」という社名になったのではなく、その逆。トヨタ自動車にちなんで市の名称を豊田にしたそうで。地元に対し、そのくらいすごい影響力を持っている企業だということでしょうか。
で、トヨタが自社のためになる労働者をほしがり、自社の労務管理を教育現場にも反映させた結果生まれたのが愛知県の管理教育だ、てな内容だったと思う。大昔に読んだ本なので、かなりうろ覚えです。書名も忘れました。すみません。


トヨタに限らず。
戦後の教育方針に影響を与えてきたのは左派の活躍ではなく、大企業の人事じゃないかと思う。
受験の低年齢化と家計に占める教育費の割合増加も、企業が学歴重視で新卒採用を行ってきた影響じゃないのか?
だがしかし、大企業様を敵に回すような発言は、議員もマスコミも言えないだろう。議員にとっては貴重な金づる(ではないかと推測)、マスコミにとってはとっても大事な広告主様だ。よって、国民のモラル低下だの非婚者の増加だのの要因が大企業の雇用にあるというような指摘は、マスメディアではあまり見かけない。
一方で、個人は叩きやすい。金がらみのしがらみがない。
そのため、たいていの問題は原因が国民に、その国民を育てた親や教育者にあることにされがち。


話題をちょっと戻して。
今は、諸事情あって療養病院に行くことが時々ある。
そこで高齢者の介護の実情を垣間見ると、人間が“生きる”というのはどういうことなのかなあと、つい考え込んでしまう。
生命反応さえあれば“生きている”、でいいのかなー、と。


昔だったらまず助からないだろうという危険な状態でも、医療の高度化のおかげさまで現在は救命が可能になったことが多いと思う。
一方で、なんとか命を救ってもその後自力での生活はできなくなるだろう、ということが明白な状態であっても医師は問答無用で救命する。
で、助けられた患者はその後、医療や介護など、他者のサポート必須な状態で生き続ける。


人によっては、それでも生きていたいと思うだろうが、そんな状態になってまで生き延びたくないと思う人もいるだろう。
しかし、意識のない状態で救急車で担ぎ込まれたら最後、「そんな状態になってまで生き延びたくない」という選択は不可能なんだよな。
意識があってそう主張したとしても、医師は聞く耳持たずに問答無用で救命するだろう。
「そんな状態になってまで生き」なくてはならない理由って、なんなんだろうな。
だが、だからといって、他者のサポートなしでは生き続けられない人は殺していい、というような考え方はあまりにも人権無視な危険思想なのも事実だ。


てなことを私がだらだらと考えている一方で、与党は療養病院の病床を減らして営利な医療法人が老健や特養、有料老人ホームを複数設置できるようにしていたりするらしい。
与党議員は全員、1年間くらい要介護な高齢者と共に暮らして介護を実体験してみればいいと思う。
その間の生活費やヘルパーへの支払い、医療費等は、高齢者夫婦に支払われる年金(妻は専業主婦、全期間国民年金という前提で額を算出)でやりくりしてほしい。なお、すまいは民間の賃貸という前提で。


と。


以上のようなことを、昨日、テレビでやっていた「明日の記憶」を観ながら考えていました。
色々なことを思い出して欝な気分です。


昔、リアルで目撃しました。「明日の記憶」の主人公みたいな状況に陥った人。
病名までは聞いてないので、若年性アルツハイマーだったのか、他の病気だったのか、定かではありませんが。
病気になったらしい、という話をきいてから半年後くらいに見かけたときは、「明日の記憶」のラストシーンに出てきた主人公以上にひどい状態になっていて、びっくりした。
超難関な有名校に入学した秀才でした。卒業後は大手企業に楽勝入社できただろうにな。卒業どころか、その前にお亡くなりになってしまった。
誰だって、思いもよらぬ事故や病気がもとで、ある日急に健常者ではなくなることもある、ということを、認識していない人が多すぎな気がする。


正直な感想を言うと、「明日の記憶」の奥さんは、常時そばにいて介護しなくてもいい状態のようでしたので、かなり恵まれている環境ではないかと感じた。
あーでも後半は、けっこうつらいかな。
でも、ケア施設?に、待機なしで入れたっぽいしな。
経済的な心配もあまりなさそうでしたし。ずいぶん豪華な施設に入所したよなー。うらやましいこと。

明日の記憶」を観て「なんて大変なんだろう。奥さん可愛そう」とか思っていた人には、今までさほどの苦労もせずに幸せに過ごせてこれてよかったですねと申し上げたい。


以上、所詮は一市民の浅慮です。
あまり真に受けないように。

恋愛資本主義におけるヒッキー


私のような三十路非モテ未婚女が日曜の夜に1人でテレビを観つつこんなこと(別に読まなくてもいい愚痴です)をだらだら考えている一方で、三十路非モテ未婚男さんは「恋愛を通じた」童貞喪失を目標に自己変革の活動を続けていらっしゃるのか。
なんかシュールな感じ。
と思いました、今日。

中年童貞…なぜ生まれる? 「恋愛資本主義」の肥大化


『中年童貞』は読んでいないので、上記記事のみを読んだ上での感想ですが。
なんかねー。ファーストガンダムでたとえれば。


カイ・シデンが血迷ってセイラさんに惚れちゃって、セイラさんの気を引けるような男(おそらくシャアレベルの男)になろうと頑張ったけれども結果が出せず、それどころかアムロにすら追い抜かれ、ヤケになってセイラさんに「お前は理想が高すぎるんだよ! 妥協して俺を好きになれ!」と強要しはじめた、みたいな。


最初からミハルを狙っておけばよかったのにね。もしくはフラウ・ボゥ


ていうかさー。

子供の一人や二人いてもおかしくない、いい年した男がだよ。「恋愛を通じた」童貞喪失を目標に自己変革の活動を、とかいって女のケツを追いかけ回っているのってどうなんだ。しかも、目標が「童貞喪失」って、おいおい。結婚して妻子を扶養することは考えてないのか? 責任は取りたくないけどやることはやりたいってか? なんと軟弱な男だ! 貴様、歯を食いしばれ〜!と言って拳骨の一つ二つくれてやりたいところだ。

↑という切り口で記事を書いてほしかった。せっかく産経なんだし。
フェミニストを叩くのに夢中で、逆に男性の軟弱化を支援しちゃっているような印象。


最近の保守派は男性に優しすぎて女性に厳しすぎる。全然かっこよくない。明治の男はそうじゃなかったはずだ。エセ保守と命名したいくらいだ。と感じています。


と書きつつ、内心では「グループ企業である扶桑社の商品をヨイショしてやるかって意図で書かれた記事広告じゃね?」と思っている。


もう一つ、上記記事のこの部分。

渡部さんは言う。「バブル期の三高の条件では、背は無理でも学歴と収入は努力でカバーできました。いまでは、経済力に加えてセンスや雰囲気、コミュニケーション能力が要求される。


「センスや雰囲気、コミュニケーション能力」を要求しているのは、女というより企業じゃないかと思った。
↓もう1年以上前の報告ですが。

社会人基礎力に関する研究会「中間とりまとめ」報告書の公表について経産省


従業員が仕事を行っていく上で求められる能力について、「基礎学力や専門知識に加え、コミュニケーション能力や実行力、積極性などが必要」と考えている企業が多いんだそうですよ。
で、それにあたり必要とされるのが、「前に踏み出す力(アクション)」「考え抜く力(シンキング)」「チームで働く力(チームワーク)」の3つの能力で構成される【社会人基礎力】だそうですよ。
今時の日本では、リストラされずに定年まで完走するには、学力ばかりでなく、協調性やアクティブさ、コミュニケーション能力が必須となるもよう。

コミュニケーション能力は、経産省言うところのチームワーク能力でしょう。「センス」とか「雰囲気」とかも、チームワーク能力の一部ですかね。TPOをわきまえる能力というか、空気嫁能力ってとこですか?


若いときにバブル後の容赦なき中高年大量リストラを生で目撃したりニュース等で見聞きした女性なら、現時点の年収だけでなく、リストラされずに定年まで勤務できる人かどうかも気になるところじゃないかと推測。

よって、『恋愛資本主義』システムの肥大化とやらは、バブル後の容赦なき中高年大量リストラ、終身雇用・年功序列の崩壊と成果主義の浸透も要因の一つではないかと思う次第。結果として少子化の遠因にもなっているか。
なので、

これは生来のもので、スキルアップは難しい…。


とか言っている『中年童貞』(扶桑社新書)の著者、渡部さんは、もしかしたら恋愛やら性交渉の心配よりリストラの心配をするべき状態? 大丈夫ですかね。
と感じました。


とまあ、貶しまくりで申し訳ないが。正直なところ、渡部さんは偉い人だと思う。
自らを高めることで恋愛資本主義に立ち向かおうとしただけエライ。私は恋愛資本主義社会におけるヒッキーって感じですかね。最初から市場に興味を持てない。