ジェンダーフリーについては


生物学的な意味での性(sex)と、
社会的な意味での性(gender)を
分けて考えるべきでしょうに、
ごっちゃにしてますな。なんだかなあ。


ジェンダーフリーとは、
社会学的・文化的な性(gender)差による差別からの自由
を目指すもの、だそうです。
「男性/女性は〜で<<なくてはならない>>」という
強制的な考え方、極端な考え方をなくすことを目的にした
ものであると。


そして「男は仕事、女は家」という考え方は、
女性の特性とやらを活かして良妻賢母を目指せ、という
意味もあったのかもしれないが、
女性は男性より体力だけでなく知力も弱いから
政治に口を出す資格なし、社会で活躍することも無理、
だから家にこもって家事でもしてろ、という
ニュアンスを含むものでもあった、と推測されます。


なお、第二次世界大戦前までは
女性に参政権がなかったのも
そういう社会的思想が背景にあったからではないかと。
で、戦争に敗れて
アメリカの占領下となり、
憲法はじめ諸法を改めるにあたり
アメリカ側からの指示があって初めて
女性の参政権が認められた、という
経緯がある模様。
以上は
ネット上でちょこっと調べた結果の要約なので
もしかしたら間違ってるとこもあるかもしれません。


しかし、法ができたからといっても
人の考えが急に変わるわけでもなし。
私が幼い子供だったころも、
女性に学問はいらない、大学なんて行く必要なし、
バカなほうがむしろ可愛がられて幸せになれるんだ、
と、ごく当たり前に主張する中高年男女が
けっこういらっしゃいましたね。
つい20〜30年前まで、
そういう言葉が当たり前に飛び交っていたんですな。


そういう時代に職業婦人をやっていた人々にとっては、
「女は家」とか「性別により役割分担を」とかって発言、
蔑視としか受け止められず、
聞いただけでも腹を立てるかもですね。


また、ジェンダーフリー論者の一部には
「男女が完全に同じ扱いを<<受けなければならない>>」
と解釈している人がいるようですが、
これはこれで生物学的な性差(sex)があるものを
同列に扱うことを強要する、
逆の意味で極端な暴論だと感じています。
ジェンダーフリーというよりは
ジェンダー及びセックスフリーと言うべきですかね。
こういう極端なジェンダーフリー論を主張する人が
世の中にいらっしゃるせいで、
ジェンダーフリーという考え方自体がおかしい、と考え、
反発なさる人も増えてきているようで。


しかし、そこでまた
ジェンダーフリーという考え方はおかしい」
 ↓
「生物学的な性差(sex)があるのだから、
 社会学的・文化的にも、男性/女性は〜で<<なくてはならない>>」
という論調に戻ってしまうと、
またそれももとの極論に戻るだけで、
問題ありと、個人的には感じます。


男性だから、とか、女性だからという理由により
行動などを『制限されることがない』、という
「社会的・文化的な面」で自由な環境、土壌がまずあり、
その上で、
「個人的な人生観や主義主張」として
「男らしさ」「女らしさ」を追求する自由も保障されるべき、
と思うんだがね、私は。
どうも、世の中全ての男女が
自分や自分の夫のような考え方をしていないと
気がすまないんですかね。
どうして多様性を認めたり
他人の個性を尊重することが
できないんだろう。
あまりにも頑なすぎる、と感じます。


で、質問はまだ途中ですが、
コメントヲチはもうしません。
トラバもはりません。
ここまでくると、もう気色悪い。
そもそも、
女性誌や民放のバラエティからの情報、
有名とはいえ占い師の
科学的な根拠に欠ける発言を根拠として
女性論を語られても、
なんとも言いようがないないなあ、と
感じてきちゃってたし。
それにしてもはてなって、
けっこう愉快な思想の持ち主が
多く生息してるんですね。
それとも、みんな質問者の別垢か
呼び集められたなんかのお仲間でしょうか?
全員匿名での主張だから、分からないですね。
ま、もうどうでもいいんで
好きなだけ暴走してください、て気分です。


あ、ただ一つ、ヲチっておこうかと
思う点は、19番の回答の


>以下のように記述されています。
>>>その番組で細木は女性タレントたちに、
>>>「女は仕事をするな。なぜなら、
>>>世間に出て仕事をすると すれっからしになる。
>>>女は家庭で男に尽くせ。
>>>尽くしたふりして、手の上でころがせ!
>>>女の幸せは結婚だ!」と、説教するのである。


この部分ですね。
細木数子さんは
フジの25時間テレビでの
ライブドア堀江社長との対談のとき
そばにいたライブドアの広報担当の女性に対して
仕事をするな、家庭で男に尽くせとは
言ってなかったけどね。
むしろ、その女性についてもなんやら占っていて、
近いうちにいい男性が現れる、と言い、
その女性は既婚者だと堀江社長が慌てて耳打ちしたら、
違うわよ、そのいい男性とは、伴侶ではなく、
仕事上でのいい男性、いい上司ということだ、
というようなことを言ってました。
それで堀江社長が逆に慌てた、と
記憶していますが。
いい上司に巡り合うと占ったということは
仕事を続けることを容認しているという
意味ではないかと思うのですが、
これについてはどう解釈するんだろう。
TBSとフジとでは別人格になるんですかね?