結婚と共依存


例の質問とはまったく関係のない用向きで
いろいろな依存症についてちょっと調べていたのですが。


例の質問に関連して興味深いと感じられる記事を発見。

http://media.excite.co.jp/daily/tuesday/030617/topics.html
週刊!エキサイト(2003/6/17 Vol.102)
エキニュー総研 「あなたの恋愛、共依存じゃない?」

相手に尽くすのは愛なのか、依存なのか。恋愛ってムズカシイなぁ。

2年前の記事ですが、
「ダメな相手とばかり付き合ってしまうダメ恋愛」を
共依存という視点から分析する、という趣旨のもの。
共依存と恋愛・結婚について、
スタッフと精神科医の方のQ&Aという形で説明されています。
で、それによると、


共依存は、もともとはアルコール依存症者の妻にみられる
 共通の特徴をもとに作られた言葉。


・その背景には、いままで女性の美徳とされていたことを
 見直してみようという、フェミニズムの台頭がある。
 「夫のためといいながら、実はそれって自己満足なんじゃ
  ないの?」
 という、
 耐えるということに懐疑的になってみようという、女性たちの
 指摘。
 いままで良しとされていたことに対する一種のアンチテーゼ。


共依存は二人の人間の関係を現象としてとらえる形容詞。
 病名ではない。
 共依存というのは二人の関係があって
 片方は支配・片方は服従、世話を焼く人・焼かれる人という
 役割分担が固定されているもの。


だそうです。
共依存て、病名だとばかり思っていました。ちょっと意外だ。


続いて、こういうケースは共依存といえるのかどうか、
というQ&Aがあるんですが、
その中に、


「恋愛感情と共依存は違う。
 結婚というのは共依存的関係を前提に成り立つものである」
「結婚関係を持続させるのは、
 婚姻制度という民法共依存


という、なんか極論っぽい気もしないでもないが
大変興味深いご意見が。


ま、こういう部分的に抜き出してご紹介すると
誤解の生じる余地ができてしまうので。
よろしかったら上述の記事を一通り読んでみてください。


なお、この特集の2ページ目に、
共依存の特徴が紹介されているのですが、
その項目が以下のとおり。

共依存の主な特徴


□ 自らを犠牲にして他人を助けたり、世話をしたりする。
 →他人に尽くすことで、自分なしでは自立できないように支配する。


□ 問題や危機が起こってないと虚しくなる
 →問題のある人間とばかり付き合ったり、不安定な状況に身を置き
  易い。


□ 依存心が強く、ひとりでやっていける自身がない。
 →自己評価が極端に低く、他人からの感謝などの「評価」がないと、
  自分の価値を見出せない。


□ 考え方、視野がせまい
 →恋人や夫・妻など他人の問題で頭がいっぱいで、社会問題や地
  域社会などへの関心、貢献が薄い。


□ 他人と自分の境目がはっきりしていない。
 →他人の領域に入り込みすぎ、相手が落ち込むのを見ると自分も
  滅入る。


□ 罪の意識によくさいなまされる。
 →相手の問題を自分の責任と感じ、自分の努力で相手を変えられ
  ると思い込む。


□ 自己が確立されていない。
 →他人に幸せにしてもらおうと思っている。人生の目的がなく、
  自分を大切にできない。


さらに、

21世紀家族研究所
http://www.family21.jp/

こちらの「共依存とは」の説明も大変参考になりました。
「お互い協力しあって夫婦生活を営む」
「互いに信頼しあう、協力的な関係」
であるならば、なんら問題はない、
むしろ、そういうふうに協力しあうことは大事だとのこと。
しかし、協力関係がない、支配関係、他人が自己の存在証明と
してあるような人間関係だと、共依存症となる、と。
そしてその根底には、他者をコントロールしたいという欲求
があるんだそうです。
なお、このサイトには「共依存診断テスト」もあります。
自分が共依存の気があるかどうかを知る上で
参考になるかもです。


他にも、共依存に関するサイトを見てきましたが。
日本には古来より、夫に尽くすことが妻の美徳、
という考え方があり、
今もそう思っている方が多いようだが、
それゆえに共依存症が多く発生しやすい、
という指摘が散見されました。
相手の方の行動に暴力とかアル中とかの問題があっても、
美徳の名の下に尽くしちゃう、と。


以上のことを知って、
ちょっとすっきりした部分が。


例の負け犬関連質問では、
未婚女性の「理想が高すぎる」とか
コミュニケーション能力に難があるとか
(つまり、わがままといいたい?)
相手の経済力にこだわりすぎるとか
そういう指摘が何度も出てきたわけです。
で、
細木質問の19番目で紹介されている
「男は仕事、女は家庭というような伝統的な生き方」
「女は家庭で男に尽くせ。尽くしたふりして、手の上でころがせ!」
というのは、
女が男に支配され、男に依存して生きる一方で
男に尽くすことで、自分なしでは自立できないように支配する、
共依存的な結婚生活のススメなのではないかと。


そして、この共依存的な生き方を
他の人にも当てはめよう、世のスタンダード、正であると
主張しようとするためには、
女は男に依存しなくては生きていけない、という
前提が必要となる。
そのためには、
仕事においては女より男のほうが大変であったり、
社会的に優位でなくてはならない。
しかし、
経済的に自立している女(男に依存する必要がない女)は
その根拠を覆してしまう困った事例であるため、
そういう人たちはおバカでわがままで身の程を知らない人々、
自分の立場の哀れさに気付いていない人と評し、蔑み、
社会的地位を得られないようにする必要がある。


という気がしてきました。
「負け犬ネガティブキャンペーン」は、すなわち、
共依存結婚生活正当化キャンペーン」
という要素もあるのかなーと。


前述の「21世紀家族研究所」の説明にも
書いてあったことですが、結婚って、
「お互いに信頼しあう、協力的な関係」というところが
大事なのでは。
相手に頼りっぱなし、依存しっぱなしな心根の人は、
誰の支えにもなることはできないんじゃないかと、
思ってしまいます。
精神的に自立していない、て印象ですかね。
で、結婚して子供生んで、
親として教育を行っていくにあたり、
精神的に自立していない人が立派な親になれるんだろうか、
という懸念もあり。


なお、これは「心根」の話でありましてね、
病気だとかのやむをえない事情で
経済的に誰かに依存している人のことを
批判するものではないです。
ついでに、そういう状況の方も、
経済的に依存していることに、
必要以上に引け目を感じることはないのでは、と
思っています。
ま、これはまた別の話になるので、割愛。
本来なら自立できるはずなのに
根拠のない「自分に対する自信のなさ」や、
怠け心から、
人に依存するという安易な道を選んでいるのなら、
それはちょっとどうだろうか、という話です。


また、相手の方に何らかの問題(アル中とか)が
あった場合、
共依存の奥さんの存在が、
逆に夫の治療を妨げてしまうのも、懸念材料。
結婚を決めた当時はまじめな人でも、
その後、ちょっとしたこと、会社での失敗とかがきっかけで
酒びたりになっちゃったり、
ギャンブルにのめりこんじゃったりし始める
可能性もあるでしょうから。


さらに、専門家じゃないんで、
心理学なのか精神医学のものなのかも分からんのですが、
「家族集積性」という言葉があるそうで。
父親がアルコール依存症、母親が共依存であれば、
その子供がギャンブル依存症となる率が、
とてつもなく高くなるんだそうです。
夫婦の問題は、お子様方の将来にも影響を与える
問題ってことですな。


なんかうまく考えがまとまらないので
とりあえず引き続き検討事項として保留。
で、
なんでこんなことを考えてしまったかというと。


どうもねー。
以前、例の質問ヲチがらみで、
結婚したがっている若いお嬢さんのブログなども
見て回ったことがあるのですが、
そこに書かれているのは


「自分は仕事に生きる気はない
(生きられるだけの能力があるとは思えない)
 から結婚して主婦になる」


みたいな理由でしてね。
なんか、後ろ向きな動機だなーと
感じられてしょうがなかったんですよ。


相手に依存することばかり考えていて、
自分が相手に何をしてあげられるのか、は
考えてないのかー? おーい、という気分。


子育てとか家事とかが好きだから、主婦になりたい!
てな、前向きな姿勢での主張ならば、
おお、素敵ですねー、頑張れ! て
素直に思えるんですが。


たまたま、そういう人のブログばかりを見ちゃったのか、
それとも最近の若いお嬢さんは
そういう考えの人が多いのか? と
疑問に思っていたところなんですが。


私には、最近の若い人の結婚および専業主婦願望は
「良妻賢母思想への回帰」というより、
ニートの亜種」に見えますなぁ。


8/4 補足
上記の「ニートの亜種」話は、
私がたまたまネット上で見かけた、
20代(と思われる)女性のブログとか
質問内容から受けた印象の話でして、
最近の若い人全般について言うべきことではありませんでした。
失礼しましたー。