女王の教室と「牧歌」と「大きな魚の食べっぷり」


毎週土曜の夜9時からやっているドラマ「女王の教室」に
はまっております。


で、それに登場する女性教師を
ひどい先生だなーと思う一方で
言っていること、けっこう当たっているところもあるなと
思わずにはいられないのです。


学校では
仁愛とか友愛とか平等とか
成果よりも努力することに価値があるとか
そういうものを教えたがる金八先生的な教師が
どこにでも、それなりにいるもんでしょうが。


今思えば、
教師という生き物は
資本主義・営利目的の企業で
正社員として長期間働いた経験、ない人ばかりですよね。


社会に出てからの価値観は
ほぼ180度、逆ですな。
成果が出なけりゃ、それまでの努力は評価に値せず、
むしろ時間や経費の損失と見なされるし。
たとえ相手のためにであっても
相手の欠点を真っ正直に指摘しようもんなら
左遷とかクビとか色々大変なことになっちゃうから
多少理不尽でも長いものには巻かれちゃったり、
心にもない世辞(=限りなく嘘)を言ったり。


自分の信念を貫けだの、
結果よりもやること、努力することに意味があるだの
そんな寝言、社会人経験がない人でなけりゃ
正気で言えんわなー、とか
女王の教室」の教師と生徒を
社長と社員、というふうに置き換えると
別に、特に珍しい状況でもないんじゃないか、とか
思ってしまうわけです。


しかし、社会に出てからそんな目にあうからこそ、
逆に
利益にはつながらないかもしれんが、人として大事なことを
教えられる&学べるのは学校時代しかない、
という見方もできるかと。


と考えたときに、思い出したのが、
今江祥智さんという、児童文学作家(といっていいのかな?)
です。


自伝的な作品の「ぼんぼん」シリーズの4部作目、「今江祥智の本 第23巻 牧歌」は、


授業中にひたすら鉛筆を削り続け、
削り終えると芯を全部折って、また削り始めるという
問題児な男子(中学生)がいて
ほかの先生方が注意しても一向にやめない
そのためいいかげんほったらかしにされていたが
その中学に赴任した主人公・洋(美術の先生)は
その生徒の鉛筆削りをやめさせるどころか
逆に「黒ばっかりじゃ削っていてもつまらんだろう」と
色鉛筆のセットをプレゼントする、
それがきっかけで、その少年は洋に心を開くようになり……


という内容でした、たしか。


叱りつけたり、力ずくでやめさせたりするんじゃなく、
逆に鉛筆削りを支援するかのような行動をとるというところが
当時中学生だった私にはびっくり仰天な展開でした。
そして、こういう先生がうちの中学にいたら
面白いだろうなと思ったりしたもんです。


が、この今江氏の別の本、「大きな魚の食べっぷり」では、
大財閥の子供として生まれた兄弟(小学校低学年)が、
当主である曽祖父に、何かにつけさりげなく
「こういう場合、お前だったらどうする?」
みたいなかんじで試され、そして兄弟同士で徐々に
張り合い、競い合うようになっていく様子を
良いとも悪いとも断じずに淡々と描いていく……


という内容で、
まさに資本主義、というか
親族といえども弱肉強食の競争関係というか
優しさとか兄弟愛とか欠片も感じられんような、
なんやら薄ら寒い読後感を持った本でした。


今思えば、どちらも同じ人が書いた本、ということが
不思議です。


今の日本の企業体質は
営利第一、競争バリバリな能力・成果重視の
役立たずは失せろ主義
ってことをきっちり踏まえたうえで、
それでもあえて仁道を目指す。
そういうのが理想なんでしょうかね。


そういう社長、どっかにいませんかねえ。
いたら、一生ついてっちゃうわん。


しかし私自身は、
「牧歌」より「大きな魚の〜」のほうが共感が持てるという
薄情者だったり。